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​学部生(外部学生・大学院受験生)用

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はじめに

当研究室では、金属など固体と水溶液の界面(固液界面)で何が起きているかを、可視レーザ光を使って明らかにしています。

水分子(H2O)のような小さな分子1個の大きさは、<1 nm (1 nm =10⁻³ mm=10⁻⁶ mm=10⁻⁹ m)と、とても小さく目で見ることはもちろん、最高倍率の光学顕微鏡でも分子の形を見ることはできません。例えば、コップに入れた100 ccの水には、水分子が3×10 個含まれています。また、1 cm²の液体の表面には、およそ10 個の水分子が並んでいます。また、一般的な固体表面は、完全な平面ではなく分子のサイズ(1 nm=10⁻⁹ m分解能の目、走査電子顕微鏡(SEM))で見ると、傷のようなものもあり、いろいろな形、例えば球状の粒子のような突起や穴があります。そのため、固体の表面は内部とは異なる化学的性質を持っています。その固体を水溶液に浸すと、固液界面には、溶媒である水分子やイオンなどが吸着します(図➊-1A, 吸着=固体表面に、別のイオンや分子が結合すること)。

研究室紹介

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このとき、どういう力で、どのように吸着しているか、さらに外部から光や熱のほか電気的な刺激等を与えた時に、表面の吸着分子が、どのようにふるまうか(分子の向きを変える、構造を変える、さらに反応するかなど)は、現在でもよくわかっていません。それは、固液界面の凸凹な場所に存在する分子1個を、その場で(in situ)調べる方法がないからです。実際に、分子1個の状態を光を使って調べるには、異なる分子を空間的に区別する(1分子サイズの空間分解能が必要)と同時に、その分子を化学的に区別する必要(1分子を分光的に識別・検出する感度が必要)があります。これらの空間分解能や検出感度は以下のようなものです。

①光学顕微鏡の分解能は、光が波としての性質を持っているために、対物・接眼レンズの倍率をいくら上げても、光の波長(l)の半分以上に上げることはできません(回折限界)。つまり、可視光(紫-青-緑-黄色-赤までの目に見える光、波長400-700 nm)を用いる限り、200 nm以下の物体を区別できないのです。これでは、大きさが1 nm程度である分子1個1個を区別して調べることはできません。

②検出感度についても、固液界面の吸着分子にレーザ光があたるとき、分子がどのようなエネルギーの光を吸収し、放射するかを分析することは、最新の測定機器を使っても、光信号が弱すぎて、検出は極めて困難です。色素分子の中には、可視光を吸収したあと1個の分子で十分検出できるほど強い蛍光を出すものもありますが、蛍光だけでは分子がどういう状態にあるかを詳しく知ることは困難です。

一般に、分子に赤外光や可視レーザ光を入射した時、そのエネルギー(E=hn, n:振動数)が一部分子に移動し、分子の結合や結合角が変化する振動が活性化されます。例えば、水分子H2OはH-O-Hの2本のO-H結合からなり、ÐH-O-Hは約105°の折れ曲がり構造を持っています。水分子に、可視光より長い波長を持つ赤外光(中赤外波長:2.5-25 mm、遠赤外:25mm以上)を照射すると、特定の波長(l=3 mm, 6 mm付近)の光を吸収し、O-Hの結合が平衡長の周りで活発に伸び縮みし、ÐH-O-H結合角が平衡角の周りで増大/減少を繰り返すようになります。このとき、水分子が光エネルギーを吸収し、分子内結合の伸縮振動および変角振動が励起したことを意味します。全く同じ現象が、可視光レーザを照射した時も起こります。可視光レーザを照射した場合は、単純な吸収ではなく、入射光から振動エネルギー分だけ分子がエネルギーを受け取るため、入射光レーザ光に比べて、少しだけ少ないエネルギー(少しだけ長い波長)の光が放出されます。この(散乱)過程をラマン散乱といいます(Ramanはインドの物理学者で、1928年にこの現象を発見し、1930年にノーベル物理学賞を受賞しています[1])。このラマン散乱は、非常に起こりにくい過程(10¹-10¹の確率で起きる)なので、レーザ光を使い、高効率分光器と高感度検出器を用いても、10⁻²-10⁻³個の分子のラマン散乱光を検出するのがやっとです(図➊-1B)。

この例の水分子のように、赤外光や可視レーザ光を照射すると、分子に、その結合・結合角が持つ振動エネルギーを与え、分子の振動を励起することができます。いろいろな分子振動がどのようなエネルギーの光をどれだけ強く吸収するかを調べる方法のことを振動分光法と呼びます。そうして得られた振動スペクトル(横軸は光のエネルギー、縦軸は振動の励起の強さ)を分析すると、真空中に孤立して存在する分子から溶液中で溶媒に囲まれている分子、固体表面及び固液界面に吸着する分子まで、分子の構造について詳しい状態が得られます(図➊-1A)。特に、固液界面の吸着分子については、自由空間での分子の状態に比べて、吸着した固体表面との相互作用により、どのように構造が変化したか、あるいは固体表面と電子的に相互作用しているかなどについて、情報を得ることができます。例えば、空気中の水分子は、分子間距離が大きく、ほぼ孤立している状態です。一方、コップの中の混ざりもののない水の中で、水分子はお互いに水素結合(異なる水分子の酸素と水素が引力的相互作用)を形成しています。金属イオンやハロゲン化物イオンが水の中に溶けていると、それらのイオンの周りで水分子は、熱力学的により有利な(自由エネルギーが低い)状態になるように、配向しています。例えば、小さなアルカリ金属イオンの周りには水分子が2層の溶媒和層を作っていると考えられています。さらに、固液界面には、水分子がこうしたイオンと水和した状態で、あるいは水分子同士が水素結合した状態で存在し、固体表面との相互作用を受けて、水溶液中とは異なる構造や、電子的状態を持ちます。原理的に、これらの分子やイオンの詳しい状態を振動分光で明らかにすることが可能です。

ただし、振動分光法には上記に挙げたように技術的な問題点(①空間分解能、②信号検出感度)があり、1つは②の信号が弱く、検出感度が非常に低いことです(①の空間分解能についてはあとで解決方法を示します。)。そこで、我々はごく微弱なラマン散乱光を強くする方法を検討しています。このために、金属のナノ粒子(通常<1 mmより小さい微粒子)を使います。皆さんは、教会のステンドグラスを見たことがありますか?とくに中世に建てられたヨーロッパの教会(例えばケルンの大聖堂)の窓には、赤・青・黄・緑などの色鮮やかなステンドグラスが使われています。ステンドグラスには、金ナノ粒子や銀ナノ粒子が使われています。というのも、目に見える大きさの金属の塊に光を当てると、金色とか銀色の反射色が見えますが、金属ナノ粒子では、大きな塊とは違って、色素分子のように特定の色の光を吸収します。例えば、銀ナノ粒子は400 nmの波長の光を吸収するので黄色に見えます。また金ナノ粒子は、530 nmの光を吸収するので赤色に見えます(これらは、それぞれ青、緑の補色=白色高から吸収される波長成分を引いた残りの光の色)。新幹線の青や緑のペンキ用の色素として用いられるフタロシアニンなどの有機分子は、長い間に分子構造が次第に壊れて退色しますが、金属ナノ粒子は、特にガラスに封じ込められた状態では、非常に安定で鮮やかな色はほとんど変化しません。この黄色や赤色は、金属ナノ粒子の中の電子を激しく振動させる光の波長(補色)に対応しています。電子が激しく振動すると、金属ナノ粒子入射光と同じ波長の光(電場)を放射するとともに、ナノ粒子表面には(光のように遠くまで伝わらないが)強い電場ができます[2]。この電場は、入射光よりもずっと強いので、金属ナノ粒子表面に吸着した分子は、それを感じて、溶液中に孤立しているときよりもずっと強い信号光を出します(図➊-2A)。

このような金属表面の電場がより大きくなるには、どういう金属がよいか、またナノ粒子の形や、集まり具合(ばらばらの時より、ナノ粒子同士が近くにある方がより強い電場を生む)や、適切なレーザ光の波長を電磁気学に基づく理論計算で予測し、それを実験的に検証しています。そして、色素分子、チオール分子、DNA塩基、水和イオン等の吸着状態を詳しく調べています。

 振動分光法の世界的な研究の現状としては、①1990年代後半に、金ナノ粒子や銀ナノ粒子の間のナノギャップを用いて、色素分子について単一分子の検出感度が実現されています[3, 4]。2010年以降は、金属ナノ粒子を金属基板上に固定するギャップモードの手法確立が進められています。この手法により、色素以外の一般的な化学種についての単一分子感度とともに、一般的な金属・金属酸化物等への適用が実現し、触媒や機能材料など応用研究への展開が進められています(図➊-2B)。

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②空間分解能については、金属ナノ粒子を走査型原子間力顕微鏡(AFM)のチップ先端に固定して、金属基板上の吸着試料表面をなぞり、局所的なラマンスペクトル・ラマンイメージが、<10 nmの空間分解能で得られています(図➊-3A, -3B) [5, 6]。

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最新の走査型トンネル顕微鏡(STM)の金属探針をプローブとして用いる方法では、1 nm以下の空間分解能でポルフィリン系分子の内部の電場分布を反映した特異的なラマンスペクトルの観測が実現しています(図➊-3C) [7]。

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参考文献

(1) C. V. Raman, Indian J. Phys. 1928, 2, 387–398.

(2) a) 岡本隆之、梶川浩太郎著, “プラズモニクス”, 講談社, 2010年. b) 梶川浩太郎、岡本隆之、高原淳一、岡本晃一著, ”アクティブ・プラズモニクス”, コロナ社 2013年.

(3) K. Kneipp, Y. Wang, H. Kneipp, L. T. Perelman, I. Itzkan, R. R. Dasari, M. S. Feld, Phys. Rev. Lett. 1997, 78, 1667.

(4) S. Nie, S. R. Emory, Science, 1997, 275, 1102–6.

(5) T. Yano, T. Ichimura, S. Kuwahara, F. H’Dhili, K. Uetsuki, Y. Okuno, P. Verma, S. Kawata, Nature Comm., 2013, 4, 2592.

(6) T. Deckert-Gaudig, A. Taguchi, S. Kawata and V. Deckert, Chem. Soc. Rev. 2017, 46, 4077-4110.

(7) a) R. Zhang, Y. Zhang, Z. C. Dong, S. Jiang, C. Zhang, L. G. Chen, L. Zhang, Y. Liao, J. Aizpurua, Y. Luo, J. L. Yang, J. G. Hou, Nature, 2013, 498, 82-86 , b)S. Jiang, Y. Zhang, R. Zhang, C. Hu, M. Liao, Y. Luo, J. Yang, Z. Dong, J. G. Hou, Nature Nanotech. 2015, 10, 865-869.

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