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5.ギャップモード

次に、flocculation-SERSと同様に、金属ナノ構造体間のナノギャップの増強電場を利用するギャップモードについて解説する。金属ナノ粒子が、溶液中で近接した状態を利用するflocculation-SERS配置において、片方の金属ナノ粒子を金属基板に置き換えたギャップモード配置でも、金属基板と金属ナノ粒子の間のナノギャップにflocculation-SERSとほぼ同等の巨大な増強電場が形成される[39]。ギャップモードでは、下記に示すように表面粗さを必要としないため、単結晶を含む平滑な基板上に固定された吸着種の分析が可能である[Ikeda]。4節でのべたflocculation-SERS法における近接ナノ粒子は溶液中化学種の捕捉・検出には効果的であるが、規定された表面や、位置制御下での測定にはやや困難が伴う。さらに、ギャップモードでの巨大な増強電場は、単に超高感度ラマン分光に利用できるだけではなく、励起された高エネルギー電子の吸着種への移動により、金属ナノ粒子自身または酸化チタン等の担体として光触媒反応を引き起こしたり[****]、溶液中に分散する金属ナノ粒子を静電引力で捕捉する現象をもたらすことが最近見出された(laser trapping, [****])。また、ギャップモードはTERSと複合することで、ナノ構造体近傍や触媒と担体との界面などのように、試料上の領域を規定した数nmの局所領域の測定が可能である[****]。次に、これらの点に関して当研究室で進めている研究内容について概説する。

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5-1 (正配置)ギャップモードラマン

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ギャップモードでは、図➋-23に示すように、金属ナノ粒子のLSPが光照射で励起され、粒子内部に双極子(dipole)が形成される。この時金属基板内に鏡像双極子(image dipole)が形成され、双極子との相互作用により、ナノギャップに増強電場が形成される。鏡像双極子の大きさは、Eq.5-1に示すように、ナノ粒子の双極子と誘電率因子の積で与えられる。誘電率項は、基板の誘電率が、媒質の誘電率に比べてずっと大きいときに、ほぼ1となる。そのとき、金、銀、銅などのナノ粒子を用いる限り、基板として減衰の大きな金属やシリコンや酸化チタンなどの非金属を用いて、ナノギャップに大きな増強電場を形成できると予想できる。実際に、我々はこの点を理論計算及び実験的に証明した([40], 図➋-24, Table ➋-1)。

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外部反射配置に対して、BK-7プリズム/Ag薄膜/ギャップ(吸着種)/AgNPの全反射配置で、Ag 薄膜/吸着種界面の伝搬性表面プラズモン(propagating surface plasmon, PSP)の共鳴角で励起する条件で、AgNPを固定すると、入射光がまずPSP励起で10² 倍強くなるために、全反射配置のギャップモードでは、外部反射配置に比べて、より大きな電場増強が得られること、特にAgNP被覆率が少ないほど、より効率的にPSPを励起できるために、より大きな増強度が得られることを理論計算及び実験的に証明した(図➋-25, Table ➋-2, [41])。

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5-2. 逆配置ギャップモード

ギャップモードにおけるナノ粒子と基板の材料を交換した逆配置ギャップモードでも、大きなラマン増強が得られることを理論計算で予測し、実験的に証明した。例えば、SiNP, TiO2-NP, Fe2O3-NP, CuO-NP, ZnO-NP, WO3-NP, NiO-NPなどを用いて固定して、Ag基板上のチオフェノール単分子膜のラマンスペクトル測定をすると、大きな10⁵-10⁷の増強効果が観察された(図➋-26A~➋-26B)。

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逆配置ギャップモードでの増強メカニズムは、以下のように説明できる。まず、大きな誘電率を持つナノ粒子の存在により(粗さと同様の効果)、粒子近傍のナノギャップ側にもkp>k0(銀/媒質界面の電場の波数ベクトル成分kpが入射光の波数ベクトルk0より大きい)のエバネッセント波が形成される。このため、銀基板表面のPSP(伝搬性プラズモン)が励起される。PSPによる銀基板表面の増強電場により、ナノ粒子内により大きな双極子が誘起される。これが銀基板内の鏡像双極子を誘起する。この過程を繰り返す結果、最終的にナノギャップに十分大きな増強電場が形成される。この時、ナノ粒子が媒質に比べて十分大きな誘電率を持つことが必要で、その時非金属ナノ粒子/吸着種/銀基板系でも、増強ラマンスペクトルが得られる[45]。この結果は、金属酸化物や半導体などの(光)触媒や機能性材料表面の反応を高感度で調べるために、逆配置ギャップモードが幅広く利用できることを示している。また、チップ増強ラマン分光への金属コートしないSiカンチレバーの適用性を示唆している[46]。

5-3.光捕捉:分散液中のAgNPのAg基板上へのギャップモードでの非可逆的な光捕捉(図➋-27)

一般的な光捕捉では、溶液中に分散する高分子やマイクロ粒子に高強度のパルスレーザ(~1 W/mm  )を光照射すると、分子・粒子内部に電子分極が起きる(双極子を誘起する)。この光誘起双極子(m)は、最も強い光電場(E)の場所でもっとも安定化するので(相互作用エネルギー = -mE)、対物レンズ等でパルスレーザをシャープに集光すると、そのビームウェスト(焦点付近)に、高分子や粒子が光捕捉(trap)される。この場合、レーザ光を切ると捕捉力が消滅するので、捕捉されていた分子や粒子は、熱運動(Brownian motion)により捕捉位置から散逸する。これに対して、我々が見出したギャップモードを利用した光捕捉では、溶液中の金属基板(実際は、プリズム底面の銀薄膜など)上にAgNPが、ごく微弱なレーザーパワー(~1 mW/mm  )で、非可逆的に捕捉される(図➋-28, [42])。

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このメカニズムは、AgNPが熱運動により銀薄膜表面付近(~10 nm以内)に近づいたときに、ギャップモードで増強された電場が、ナノ粒子内に双極子を、それが基板内に鏡像双極子を誘起する。これらの双極子-誘起双極子間相互作用は、ナノ粒子表面に電荷が無い場合はvan der Waals力と足し算で働き、反発力がないために、光照射により捕捉が促進される。さらに、銀基板と銀ナノ粒子がともに同符号の表面電荷をもつ場合には、イオン強度が低い位場合には、通常は静電反発によるエネルギー障壁のために、平衡論的には銀ナノ粒子は銀基板上に捕捉されることはない。しかし、光照射がある場合には光捕捉力が引力として働くために、レーザパワーで捕捉力を制御すると、表面電荷及びその対イオンの電気二重層の厚さで決まる、ある閾値を超えるレーザパワーを照射すると、銀ナノ粒子は捕捉される。これに対して、非照射位置には粒子はほとんど固定されない。この方法を使うと、光捕捉力の実験的な評価を行うことができる。

表面電荷の有無によらず、光捕捉力で一旦、近接領域に固定された銀ナノ粒子は、粒子と基板の距離が<5 nmではvan der Waals力が支配し、逆向きに銀ナノ粒子が銀薄膜から離れることは熱エネルギーでは(エネルギー障壁を超えることは)不可能なため、非可逆的な光捕捉が起きる(図➋-27)。この光捕捉は、銀基板に電荷が無いとき、溶液のイオン強度が高くなると、より固定されやすくなる。これは、クエン酸還元法で形成したAgNPを塩化物置換した結果、AgNP表面に負電荷が存在し(ゼータ電位 z=-45 mV)、その近傍に対イオンである金属カチオンが集積し電気二重層を形成するためである。イオン強度を高くすると、flocculationが起こりやすくなるのと同じメカニズムで、AgNP表面の電気二重層が薄くなり、チオフェノール単分子膜をコートしたAg基板上に近づきやすくなるために、AgNPが捕捉されやすくなる。

さらに、プリズム/Ag薄膜/チオール単分子層の全反射配置で光捕捉すると、Ag薄膜に垂直な方向にのみギャップモード電場が形成されるために、AgNPがAg薄膜表面に垂直な(z)方向に積み重なることを見出した。この方法を触媒活性等の機能を持つ異方性ナノ粒子系に使うと、外部反射配置で、光電場方向を偏光で制御することで、銀薄膜面内方向の1次元配列形成ができる。あるいは、全反射配置で、Ag薄膜に垂直な方向の電場を利用して、立方体形状等を持ったナノ構造体(nanocube)をz軸方向に積み重ねることも可能と考えられる。これにより機能性ナノ粒子の配列形成を現在行っている。AFMカンチレバーチップに光捕捉を利用してAgNPを固定することも可能で、このプローブを用いて、Ag基板上の分子とAgNP表面に修飾した分子の間の分子間力を測定する、あるいは光チョッパを用いて、AFMによるトポ像とプローブと試料表面の引力を同時に高速で測定することも可能と考えられる。

5-4.光触媒反応 (図➋-29)

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AgNP/吸着種/Ag膜基板のギャップモード条件で、ある種の吸着種(p-alkyl TP, p-carboxyl TP)が光酸化反応を示す。我々は、ギャップモードが、銀基板に吸着したチオフェノール置換体の光触媒反応を引き起こすことを見出した(図➋-30, Table ➋-3 )[43, 44]。

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先の光捕捉と同様に、ごく微弱な(1 mW/mm² )程度のラマン測定用レーザ光(532 nm)を照射すると、これまでのところp-位であれば、メチル基、エチル基、枝分かれしたiso-プロピル基、tert-ブチル基は、すべてカルボキシル基に酸化反応することと、o-位やm-位のアルキル基は反応しないことを見出した。さらに、p-カルボキシル基を持つPMBA (p-mercaptobenzoic acid)を最初から銀薄膜表面に吸着させた場合は、カルボキシル基が脱離し、チオフェノール(thiophenol, TP)に変換されることを見出した。これらの光酸化反応には、銀薄膜あるいは銀ナノ粒子が必須であり、おそらくギャップモードの励起エネルギー・励起電子・ホールと吸着チオール分子、酸素が関係する新規の光触媒反応と考えられる。現在のところ、アルキル基のサイト依存性があることから、まずナノギャップのp-アルキルチオール分子が、プラズモンからの高エネルギー移動により励起状態になり、その後で酸素種が関与して、酸化が進むものと思われる。現在詳細なメカニズムを検討している。

5-5.ナノ粒子触媒への適用 (図➋-31)

準備中(H30春以降)

上記の通り、逆配置ギャップモードを利用して、Si, TiO2, Fe2O3ナノ粒子でAg基板上の吸着種のラマン散乱を10⁵ -10⁷倍増強できることを見出した [45]。我々は、その機能・活性の制御や実用化を進めるとともに、新規触媒や機能性材料の開発に役立てるために、これらの機能性ナノ粒子の表面に存在する化学種の状態分析など基本的な性質の解明とともに、反応の解析を進めている。TiO2は有機物分解や水の光分解などの光触媒としてよく知られている[47]。TiO2表面のUV光や可視光による電子励起を介した酸化・還元反応について、特にTiO2粒子と担体や金属ナノ粒子との界面反応を、ナノラマンイメージングにより局所解析できる可能性がある。そこでまず、TiO2ナノ粒子によるメチレンブルーなどの有機分子のメチル基の光還元脱離反応を逆配置ギャップモードで追跡・解析している。Fe2O3は磁性ナノ粒子であり、医療面から生体内でのドラッグデリバリや腫瘍のin vivo分析などへの適用が検討されている[48]。我々は、モデル実験として、Fe2O3粒子の外部磁場を利用した集積による高感度ギャップモードラマンを実証している。今後のin vivo分析への展開が期待できる。以上のように、触媒・機能性金属酸化物ナノ粒子を用いて、逆配置ギャップモードで高感度ラマン測定を行い、局所反応解析への適用性を確かめている。

5-6チップ(非)増強ラマン散乱 (図➋-32~➋-34)

準備中(H30春以降)

チップ増強ラマン(tip-enhanced Raman scattering):波長よりずっと小さなプローブに光照射すると、その近傍にエバネッセント波(Evanescent wave, 消衰光:表面付近に局在し、遠方に伝搬しない光電場)が形成され、それが同じスケールの試料に近接すると、伝搬光に変換する近接場光学(near-field optics, [49])を利用する。通常、ごく狭い領域に存在する化学種のラマン散乱光検出を行うために、金属ナノ粒子のLSP[50]か、ギャップモード[51]による高感度が利用されている。これらの手法はAFMをベースとしており、一般的にSiカンチレバー(Si-CL)に金属ナノ粒子を真空蒸着法でコートしてプローブとして用いる。このとき、金属ナノ粒子をSi-CLチップ先端(チップ;AFMのカンチレバーの先端の尖った部分で、トポグラフィ測定の時に試料に最近接し、試料表面をなぞる部分。通常先端径~10 nm)に固定することが、制御が困難な確率過程のため、再現性良く、高感度・高空間分解能のプローブ形成が、TERS実用化のための大きな課題となっている。そのため、きわめて高価なTERS装置(2017年現在、AFMスキャナ・コントローラ, 顕微鏡, レーザ、集光系、ラマン分光計、PC, ソフトをすべて含めて約4000‐5000万円)が市販されているものの、分析装置としての実用性が不確かなために、高効率とは言えないまでもプローブを形成できるごく一部の専門家のみに使用が限定されており、汎用装置とはなっていない。

これに対して、我々はナノ粒子材料と基板材料を入れ替えた逆配置ギャップモードでも同様の大きな増強電場が形成できることを、FDTD計算で予測し、SiNPで、10⁵ - 10⁷ のラマン増強度が得られることを実験的に証明した(図➋-26)。

実際、Ag基板上のTP (thiophenol)-SAM膜上にSiNPを固定することで、10⁵ -10⁶ 倍のラマン増強を得ることができた。この結果は、最近実用化が進められている超解像のナノラマンイメージングのためのTERSにおいて、Siカンチレバー(Si-CL)への金属コートが必ずしも必要でないことを示唆しており、本質的に解決できる可能性がある。我々は現在汎用AFMを逆配置ギャップモードラマン分光装置と複合し、金属コートしないSi-CLを用いて、その実用性を確かめている(図➋-33 [46])

参考文献

(39) a) 岡本隆之, 梶川浩太郎著,「プラズモニクス」, 講談社, 2010年. b) 梶川浩太郎、岡本隆之、高原淳一、岡本晃一著,「アクティブ・プラズモニクス」, コロナ社 2013年.

(40) M. Futamata, M. Ishikura, C. Iida, S. Handa, Faraday Discussions 178 (2015) 203-220. 

(41) K. Akai, C. Iida and M. Futamata, J. Opt. 2015, 17, 114008. 

(42) C. Iida, K. Akai, J. Murakami, M. Futamata, Chemical Physics Letters 661, 234-239 (2016).

(43) K. Akai, C. Iida, M. Futamata, Chemical Physics Letters 675, 63-68 (2017).

(44) M. Futamata, K. Akai, C. Iida, N. Akiba, Analytical Science 2017, 33, 417-426.

(45) K. Miyashita, S. Nakae, M. Futamata, in preparation.

(46) S. Nakae, K. Miyashita, M. Futamata, in preparation.

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(48) A. Saito, M. M. Mekawy, A. Sumiyoshi, J. J. Riera, H. Shimizu, R. Kawashima, T. Tominaga, J. Nanobiotech. 2016, 14, 19

(49) 大津元一, 小林潔, ”近接場光の基礎”, オーム社 (2003). 

(50) T. Deckert-Gaudig, A. Taguchi, S. Kawata and V. Deckert, Chem. Soc. Rev. 2017, 46, 4077-4110.

(51) T. Yano, T. Ichimura, S. Kuwahara, F. H’Dhili, K. Uetsuki, Y. Okuno, P. Verma, S. Kawata, Nature Comm., 2013, 4, 2592.

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