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2.ラマン散乱赤外吸収

分子の振動は、結合を構成する原子間距離や2本の結合の間の角度が、平衡位置の周りで増減運動するものである。例えば、水のO-Hの伸縮振動、H-O-Hの変角振動がある。分子を構成する原子(個数N)の運動の自由度(3N)のうち、分子全体の併進運動(Tx, Ty, Tzの3個)、分子の回転運動(分子内直交座標x, y, zの画軸周りの3個、Rx, Ry, Rz。直線分子では、軸に平行及び垂直な軸周りの2個)を差し引いた残りの3N-6個(直線分子では3N-5個)の自由度がある。水分子では、3×3-6=3個の振動がある(図➋-2)。

2-2

分子の基準振動は原子間の相互作用により決まる固有のエネルギーを持つ([2-5])。この振動エネルギーは、電子遷移(>10000 cm ⁻¹ , 波長<1000 nm)に比べずっと小さく、<4000 cm ⁻¹ のエネルギー(波長>2.5 mm, kBT~200 cm (25℃))を持つ。例えば、水分子のO-H伸縮振動は3700 cm ⁻¹  (気相)、3200-3500 cm ⁻¹ (液相)、3250 cm ⁻¹ (氷)、H-O-H変角振動は1650 cm ⁻¹ のエネルギーを持つ。そのため、赤外光照射により振動準位間の吸収が生じる(=赤外吸収)。これに対して、ラマン散乱は、可視-紫外光照射により、分子が振動エネルギーを受け取り、入射光より少し小さなエネルギーを持った光子を(非弾性)散乱することで起こる。一分子孤立状態での化学種の吸収や散乱の遷移確率は、分子内部の構造・電子密度分布等を通して、量子化学的に決まる ([3a, 3b, 5])。一般に、固液界面等に吸着した化学種の振動遷移確率は、界面での分子構造の変化や吸着配向性、基板との電子的な相互作用により影響を受け、孤立状態とは異なる。そのため、界面化学種の振動スペクトルを解析すれば、吸着状態について詳しい情報が得られる。問題は振動遷移が起こる確率が、電子遷移に比べて著しく低いことである。単一分子検出も可能な蛍光分光の散乱断面積が10⁻¹⁴ ~10⁻¹⁵ cm² 程度であるのに対して、典型的な分子振動の赤外吸収強度は、10⁻¹ ~10⁻²⁰ cm² であり、ラマン散乱断面積は10⁻² ~10⁻³ cm²と極めて小さい。そのため、通常の赤外吸収やラマン散乱では、単一分子検出どころか、顕微鏡下の1~10 µm² 領域の試料からの信号検出自体困難である。

参考文献

(2) 中川一朗、「振動分光法」, 学会出版センター1990.

(3) a)濱口宏夫、平川暁子、「ラマン分光法」, 学会出版センター 1998. b) 原田義也, 「量子化学 (上・下)」, 裳華房(2007).

(4) 第5版実験化学講座、基礎編Ⅲ:物理化学 下、丸善 2003.

(5) D. A. Long, “The Raman Effect”, Wiley 2002.

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